佐藤優 : キリスト教神学概論

第11回 「軌道修正について」

●休載のお詫びと軌道修正について

 2008年4月2日掲載の第10回より、3か月間休載していたことをお詫び申し上げる。これは、本連載に対する読者の意見を聞いて、基本的な軌道修正が必要であると考えるに至ったからだ。
 これまでの計画では、キリスト教は、各地域の風土、時代状況に土着化しなくては、ほんもののキリスト教にならないと考える魚木忠一(元同志社大学神学部教授)の『日本基督教の精神的伝統』(基督教思想叢書刊行会、1941年)を「導きの糸」として、キリスト教神学の基礎について、語るつもりであった。しかし、現下、日本の知的世界や読書界におけるキリスト教の影響力が、筆者が同志社大学神学部に入学した1979年時点と比較しても、かなり低下していることに、筆者はあまりに無自覚であった。本連載に関する読者の照会や感想を聞くたびに、多くの読者には理解が困難であるという印象を強く持った。このまま連載を続けても、読者が消化不良を起こすことは確実であるにもかかわらず、「キリスト教神学概論」という看板を掲げたまま、魚木神学の読み解きに進むことは、読者に対して不誠実であると感じるようになった。
 ここで筆者が取る選択には二つの可能性があった。
 第一は、このまま魚木神学に関する読み解きを続けることである。この場合、専門科目として神学を2~3年、集中的に学んだ読者を想定して作品を綴ることになる。三一(三位一体)論、キリスト論、教会論、終末論などの基本知識はすでにあることを前提に議論を進めることになる。それはそれで筆者にとっては楽しいのであるが、幅広い読者に神学的知識を身につけてもらうという目的を達成することができなくなる。
 第二は、連載の計画と内容を全面的に見直して、大学神学部の1、2回生を対象に行う神学概論の講義に準じた連載を行うことである。この場合、過去10回の連載との断絶が生じる。もっとも断絶といっても、過去10回の連載は、前書きとして読んでいただければ、本質的な問題は生じないと思う。
 結局、第二の選択をすることにした。そこで、今回から全面的に軌道修正をする。これまでの記述は、「~です、ます」調であったが、今回からは「~である」調にする。


●双方向性を重視する

 これまでも本連載については、読者からさまざまな反応が寄せられ、筆者としては読者の意向をできるだけ反映するようにつとめていたが、これからは、適宜、演習問題を出題することにする。寄せられた答案については、連載の中でコメントすることにする。
 早速、演習問題を出す。これまでの連載を読んでいただいた読者には、それほど難しい問題ではないと思う。


〈演習問題1
シュライエルマッハーが、「宗教の本質は直観と感情である」と規定することによって、神の位置が変わったという。具体的に神はどこからどこへ移動することになったか。簡潔に記せ。(400字程度)〉

 

 

※演習問題のご回答は、件名に「佐藤優さん:演習問題1」とご記入のうえ、webmagazine@heibonsha.co.jpまで、お寄せください(件名が無題の場合、無事にお届けできない場合がございます)。随時、受け付けておりますので、ふるってご回答ください。




 

 

 

 

(2008年7月 9日更新)
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佐藤優
写真提供=共同通信社
【著者略歴】
1960年生。起訴休職外務事務官・作家。同志社大学神学部卒業。同大学院神学研究科終了。緒方純雄教授に師事し、組織神学を学ぶ。1985年に外務省入省。在英日本国大使館、ロシア連邦日本大使館などを経て、外務省本省国際情報局分析第一課に勤務。外交官として勤務するかたわら、モスクワ国立大学哲学部客員講師(神学・宗教哲学)、東京大学教養学部非常勤講師(ユーラシア地域変動論)を務める。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕。2005年2月、執行猶予つき有罪判決を受け、現在上告中。『自壊する帝国』(新潮社)で第38回大宅壮一ノンフィクション賞、並びに第5回新潮ドキュメント賞、『国家の罠』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞を受賞。『私のマルクス』(文藝春秋)、『獄中記』(岩波書店)など著書多数。

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